ラビラビラビット

独り言と創作物紹介

体の震えが止まらない。

歯の根が合わす、ガチガチとうるさい。

僕の体、不良品なのかな。

どうしてこんなに自分の思う通りに動かないのだろう。

 

体中の関節が軋むように痛い。

寝返りはおろか仰向けでいることさえ辛い。

一体いつになったらこの痛みから解放されるのだろう。

あぁ、唾液を飲み込むたびに喉が酷く痛む。

 

寝ている間さえも痛む体は、まるで生きていることを拒絶しているかのようだ。

こんな体になったのは一体いつからだっただろう。

今年の四月までは普通の生活をしていたはずだ。

元々の持病だから、こんな日が来ることは覚悟していたけれど

それでもどうしても思ってしまう。

 

一体いつまでこの症状に悩まされるのか。

一体いつまで我慢を強いられるのか。

いつまで。いつまで。

 

やりたいことはたくさんあるはずなのに、今の僕はお箸も満足に持てない。

お風呂が大好きなのに、しばらく湯船に疲れていない。

シャワーで体を洗うけど、頭を洗うたび肩に走る激痛。

 

ねえ知ってる?

関節の痛みって馬鹿にならないんだよ。

 

この方向が痛むってわかっていても、回避できない時がある。

回避したつもりができていな時だって。

 

本当はゲームだってしたいけど、咄嗟の動きで関節を刺激するからもう何ヶ月もできていない。

 

本当は弱音を吐くことなんてしたくなかったんだけど、ちょっとくらいいいよね。

 

だって僕は泣けないから。

涙を見せたく無い人がいるんだ。

 

だから、ここでこっそり吐き出させて。

 

 

弟の前で笑顔を保つために。

小説「ぼく」

僕の一日は痛みを認識することから始まる。

あぁ。今日は肩が痛いなとか、膝が痛くて立ち上がれそうにないなとか。

普通に走り回ったり好きなことをできる時もあるけれど、全ては病気の気分次第。

そんな僕には3歳年下の弟がいる。

僕が病気を発症してから生まれたこの弟は、僕と違って健康そのものだ。

学校を休むこともないし、一日をベッドの上から出られずに過ごすこともない。

まだ幼かった頃は弟が羨ましくて一人涙をこぼしたものだけど、今では、弟の不幸を自分が肩代わりしてあげているんだと思い込むことで平静を保っている。

つまり、僕が弟を悪いものから守ってあげている人柱的なものなんだ。

大義があれば苦境にも耐えられる。

「僕は強い子、役に立つ子なんだ」とね。

弟が学校で起きた出来事を僕に話に来るたび、用意しておいた優しい笑顔で僕は弟の話に聞き入った。

僕の生きがいは理想のお兄ちゃんでいることになっていった。

弟がなんの不自由もなく暮らせるように、僕はなるべく症状の改悪を周りに悟られないように意識するようになった。

そうすれば、僕の病状に合わせて母が立ち回ることも、弟が振り回されることもないから。

病気の兄を煩わしく思われたくなかったし、弟が同級生に付き合いの悪いやつと思われてしまうのも避けたかった。

弟にとって、自慢のかっこいい兄になりたかったんだ。

僕は病状が思わしくない時は学校を休んで自宅学習をしている。

いつか社会に出た時に、知識が足りないと弾かれたくないから。

病気で学校に通えない分、時間はたくさんあったからためになりそうな知識を載せている動画をたくさんみたし、興味のある分野の解説をしているブログもたくさん読み込んだ。

当然、教科書やら参考書も、自分の理解のスピードに合わせてやりこんでいたから、中学生に入る頃には中間考査や期末試験の成績で上位をキープできるようになっていた。

家族はとても喜んでいたし弟も目を輝かせて「お兄ちゃんすごい」とはしゃいでいた。

弟が僕を褒めてくれたのはこれが初めてだったから、僕の自己肯定感は一気に右肩上がりに上昇したよ。

病気がちで全く遊んでくれないお兄ちゃんというマイナスな印象を少しは払拭できたんじゃないかと思ったから。

それからだ。

僕はやはり逆境に耐えうる選ばれし存在なんだとさらに意識するようになったのは。

病気の痛みに耐えてなお、これだけのことができる。

だから、自分は強くあらねばならないと思い込んだ。

病気で母の看病が必要になれば弟から母を奪う時間が増えるし、そうなれば弟の自由な時間を奪うことにもつながる。

そうならないためには、僕が病気の症状に気づかずにいればいいのだと考えた。

僕が気づかなければ、悟られることもないだろう。

この時の僕は弟から何も奪わないために自己犠牲を楽しんでいるようだった。

そして、炎症に気づかないふりを続けて、ついに起き上がれないほど病状を悪化させて入院することになってしまったのだ。

 

それが僕たちの不幸の始まり。



人間性ってめんどくさい言葉

戦争、うんざりです。

一体誰の許しがあって人の命を奪うんだろうっていつも思います。

 

殺人、うんざりです。

どうせ殺して自分が罪を背負うくらいなら、殺さずに苦しめ続けた方がリスク少なくないですか?

途中で面倒くさくなったらやめればいいんだし。

 

そもそも、なんでそこまで他人に興味を持つのでしょうか。

人は人、自分は自分。

IVEのウォニョンさんも言ってましたよ。

 

自分にできないことがあの人にはできるなら、やり方を学んで一通り挑戦してみる。

それでできなかったらさっさと別のできることを探せばいいじゃないですか。

 

人生、有限です。

何でもかんでもできてしまったら、本当に時間を割きたいものがなんなのか見つける前に死んでしまうと思います。

 

ちなみに私がやりたいことは、多分、文章を書くこと。

 

誰かの評価を気にすることなく、書きたいことを書いてそれがいつか輝いたらいいなって漠然と思っています。

 

だから、私のブログにはなんの関連性もないお話が書かれているのです。

 

書いているといつも余計なことが頭に浮かんで、ついついベラベラ喋りすぎてしますのですが今日は自制しようと思います。

 

はい、つまり人の生と死について。

 

私は死ぬことに憧れを持っています。

でも、今すぐに死にたいということではありません。

 

というのも、死の瞬間に見える景色に興味があります。

人によって違うのでしょうが、私は何を感じて死ぬのかということに非常に興味があるのです。

 

でもそれは、できれば自分が納得して迎えた死の先で見たい。

 

病気とか老衰とか、ある程度自分がいつ死ぬのか予想した範囲の中で迎えたいなといつも思っています。

 

つまり、突発的に起きる何かで私の命を散らしたくないということです。

 

多分、生きている誰しも同じ気持ちだと思いますが。

 

でも、人の気持ちを思いやれない人にそう思う権利はないと思います。

人からの恨みを買うような人は、そんな事願っちゃいけないです。

 

だから私はいつも、人と接する時には一定の距離を置くようにしています。

たまに、全てめんどくさくなってはっちゃける時もありますが、そういう時は大抵長く関係を続けるつもりのない人たちを選んでいます。

よく、なにを考えているかわからないとか、優しすぎるとか言われるんですけど、単に大多数の他人に対して期待をしないというのが私のモットーなんですね。

 

期待しなければ裏切られることもないし、頭の片隅に最悪の想定を常にいくつかしておけば現実になってしまった時にすぐに動けますから。

 

人を好きになるとはまた別の感情です。

 

仲のいい人はまあそれなりにいますが、手放しで信頼できる人というのにはまだ出会ったことがありません。

 

いつか出会えるとしたら、どんな人なのでしょうね。

きっと、私とは正反対の考え方をする人なんだろうなと思います。

好奇心をずっとくすぐってくれる人という意味です。

 

 

出会ってみたいなー。

 

結局連想ゲームなブログになってしまいました。

これは私の個性です。

すみません。

 

雑談(ドラマとアニメ)

みなさん、夏のドラマは何を見ていますか?

私は「CODE」「最高の教師」を特に楽しみに見ています。

この二つは結構非日常な世界観がベースで、視聴者の予想をいい意味で裏切らない作品だなと思いました。

 

特に、「最高の教師」はセリフのディティールにこだわっているのか日本語が綺麗すぎないところが好きです。

思春期の高校生らしい拙い言葉を使っている場面が何度か見受けられて、親近感が湧きます。

あと、役者さんたちのお芝居が洗練されきっていないところもいいなと思いました。

この作品をきっかけにして、いったいどれほどの役者さんがBIGになるのか気になります。

 

主演の松岡茉優さんが演じる先生の細かな表情とか、言葉に説得力を持たせた話し方をするところとか、見入ってしまうポイントが沢山あります。

昔から松岡さんを好きな方も、興味のなかった方も自然と集中して展開に見入ってしまうのではないでしょうか。

 

あと、加藤清史郎さんが演じる生徒の見せ場がこれからありそうな雰囲気が漂ってきているので、明日の放送がとても楽しみでなりません。

 

 

 

 

一方の「CODE」は台湾の作品をリメイクしたものだそうですね。

 

海外作品のリメイクは、国内作品にはないシリアスさとコストのかかった展開が見られるので、文句ない迫力のアクションなど見どころたくさんでした。

 

特に、松下奈緒さんがかっこいい。

 

展開としては、視聴者も予想しやすい展開が続きますが、結構最初から主要メンバーに思っていたメンバーがリタイアしていくので、物語に厚みがあって面白いです。

 

Hulu限定の話が公開されていたりもするので、より、深くドラマの世界に入り込みたい方はそちらの視聴もお忘れなく!

 

私は最近のドラマはあまり見ていなかったのですが、今期のドラマは久しぶりに興味を惹かれたので、毎週楽しみにしています。

 

 

普段の私が見ているものといえば、もっぱらアニメなんですが今期のアニメで言ったら、文句なしに「呪術廻戦」ですね。

学生時代のストーリーから始まった今季も見応え満載。

楽曲からしてもう天才。

 

漫画の方も毎週盛り上がっていて目が離せないので、私の脳内は「呪術廻戦」一色かもしれません。

pixivの方で二次創作を作ったりもしちゃってます。

 

登場人物の人物描写が濃いと、いろんな場面を想像したくなってしまうんですよね。

こういう時だったらどうするのかな?こんな考えするのかな?

と勝手に妄想するのも結構楽しいです。

 

 

以上、今日の雑談でした。

 

 

 

思いつき上等。

やりたいことがない時、皆さんはどのように時間を潰していますか。

何もしていなくても時間は進んでいくの許せないと思いませんか。

 

私は許せないです。

 

今、何もしていないのだから細胞分裂も止まってくれよ。

といつもではないけど思います。

 

正確にいうと、今初めて思いました。

 

私には持病がある。というのは何個か前のブログで書いたんですが、この持病が活動期に入るとどうしても生活に縛りが出ます。

できていたことができなくなる。

自分は満足に体を動かせない状態なのに、周りは成長のチャンスを掴んでいると思うと正直やりきれない。

 

挑戦したいことがあってもできないことが悔しいし、悲しいです。

 

でも、挑戦したいことがあるなら今の自分ができることから始めればいいんだって最近気づいたんですよね。

同時に、病気じゃない時に挑戦していなかったことにも気づきました。

 

私は、小説とか物語を書けるようになってみたいとと思っていましたが、仕事の忙しさなどを言い訳にして日々を惰性で過ごしていたように思います。

 

口だけで、小説を実際に書いてみたりしてこなかったのです。

 

全ての人に共通して言えることではないかもしれませんが、人間、不自由ない生活を送っているとどこか目的を失いがちになるのではないかと思いました。

 

自分の可能性を広げるために行動することをやめてしまうというか。

 

向上心のあった人も現実に飲まれてしまう。

 

残業で疲れ切った体は週休だけでは癒せず、趣味に回せる体力がどんどん奪われていくというイメージです。

 

要領のいい方ならそんなことにはならないのでしょうが、日本社会の形を見ているとそんな要領のいい人たちはたくさん存在していませんよね。

 

マイナンバーの紐付けのニュースからも惰性で仕事した形跡が漏れ出していますもん。

住所確認をしていなかったって、個人情報を取り扱うのが目的なのに意味がわからないと思いませんか。

 

と考えを飛躍させてしまうのは私の悪いところなんですが、要は病気が悪化するには理由があると思うことにしたという話です。

 

やらないままではいけないよ。

 

と、体が不調になることで私が焦って動き出すように仕向けられているのかもしれない。

 

そう思うことにしました。

 

よく、「神様は乗り越えられる人にしか試練を与えない」という言葉を聞きます。

これは、つまりはそういう考え方に自分を酔わせられれば勝ちだということではないでしょうか。

自分は選ばれたのだから頑張れる、乗り越えられるぞと言い聞かせて実際に行動に移せた人にだけもたらされる何かを信じられればいいのです。

 

結果が望み通りじゃなかったとしても、通ってきた道は経験として確実に自分を構成する味になるわけですから、無駄なことはないでしょう。

よっぽど、何かの罪を犯して勾留されるとかじゃない限りは。

 

ということで私はこの身体中痛みだらけの不自由な生活を生かしてこれからも、現実に焦ることのないよう言葉を発信していこうと思います。

 

もう貯金は底をつきそうなんですけどね。

 

 

 

 

 

地球の下剋上説。

今日とて暑い。

ただただ暑いのを我慢するのは癪なので、どうせならなにか考えてみよう。

地球温暖化には様々な説が提唱されているが、私は今回全く根拠のない「地球の下剋上説」を唱えていこうと思う。

まごうことなき詭弁だ。

 

まず太陽の起源だが、遡ること約50億年前に宇宙空間を漂っていたチリやガスが集まったことによる核融合反応から自ら光を放つ恒星「太陽」になったと言われている。

そして、その時その周りに存在したガスが冷えてかたまり、小惑星になっていった。

小惑星が引力で惹かれあって合体や衝突を繰り返すうちに、地球やその他の惑星が誕生したというのが現在提唱されている太陽系の起源だ。

 

つまり、人間社会に当てはめると太陽は権力者で、その周りを公転している地球やその他惑星は庶民ということになる。

ついでに言うと、月は地球の下僕と言う捉え方もできる。

太陽に近いほど、表面温度は高くなるはずだが一番近い水星よりも金星の方が遥かに表面温度が高いのは、水星が選び抜かれたエリート集団だったからだろう。

 

つまり太陽は王様、水星は王様を裏で操る宰相のような存在で、貴族とか官僚的な立場にいるのが金星ということだ。

火星以降の惑星たちはどれもマイナス温度なので、自我がないと勝手に仮定する。

つまり、地球は自我を持つ惑星の最下層の地位にいると勝手に想定するということだ。

 

そして、長年生物をその体内で飼育してきた地球は思う。

生命たちは常に優勝劣敗でありながら盛者必衰。

弱ければ滅びるが強くても滅びる。

 

いつの時代も適者生存。

時の流れや環境の変化に適応したものだけが生き残る。

 

そして、人間が誕生し科学が発達したことにより、地球は自らが秘めた可能性に気づく。

そう、まだまだ己には進化の余地があるということに。

温室効果ガスによって金星の表面温度が高いように、地球の表面温度が上がれば今の序列を覆せるかもしれない。

よく、いろんなアニメや漫画でたくさんの生命を生贄に巨大な力を生み出す描写が描かれているが、地球もそれを実行するべく活動しているのではないか。

長い時間をかけて、愚かな人間に温室効果ガスを生み出させ続ける。

そうして温室効果ガスによる力を蓄えて、永久凍土を融解しメタンの放出が促され

地球はさらなる温暖化と共に次のフェーズへと進化を遂げる。

要はスーパーサイヤ人になるということだ。

地球は太陽のように自らが莫大な力を持つことを夢見ているのだ。

つまり、今はその準備段階なのである。

 

という考え方を用いてもこの夏の熱い気候に耐えられるわけではないのだが。

空想するのは自由なので多少私の人間性を誤解されたとしても構わない。

 

むしろ、人間の活動によって無意味に平均気温が上がっていることの方が私には耐えられないからだ。

今の環境に適応する為にしている様々な工夫は、己の生存というちっぽけなもののためではなく、地球が他の惑星に下剋上するための布石であると、捉えた方が面白い。

夏は暑い、冬は南極の氷が溶け出すせいで寒さが増す。

そんな生命にとっての不都合は、全て母なる地球の進化のため。

そういう厨二病チックな考え方も時には自分を助けるアイデアだ。

 

ストレスなんかない方がいい。

 

物事はなんでも面白おかしく捉えられるものが勝ちなのだ。

そこに事実も真実も必要ない。

 

 

 

 

シェアハピ!

今日はいいことがたくさんありました!

ハッピーな出来事はぜひシェアしたい。ということで書きます。

 

本日の幸せ一番手は6月に受験した色彩検定2級合格通知!

ご褒美にお昼ご飯のリクエスト権をもらえてきなこ揚げパンを食べました。

 

そして、合格のお祝いにホールのシフォンケーキを母に買ってもらって祖母の家に遊びにいき、一緒に頬張りました。

キャラメルクリームと紅茶のシフォンは甘さ控えめでとっても美味しかったです。

 

祖母に顔を見せると、いつもニコニコの笑顔を向けてくれるので癒されます。

 

病状は改善傾向とはいえ相変わらず一進一退ですが、今日は膝の調子がマシだったので、無理のない程度で活動。

いいことがあったのに何もしないなんて、つまらないですから。

母もその辺を理解してくれて、尊重してくれるのでとてもありがたい。

 

そしてケーキを食べながら応援していたなでしこジャパンは3−1で見事勝利!

今大会の無敗記録更新!

激アツです!

 

そして、夕食は醤油豚骨が美味しいラーメン屋さんへ。

私はラーメンといえばメンマなのですが、今日は贅沢にトッピングもしちゃいました。

 

お酢とすりごまもたっぷり投入して、最高に自分好みのラーメンを食して幸せ。

 

ここまでたくさんのいいことがありました。

 

そして、最後の一つは今日のメイク。

昨日、益若つばささんのYouTubeを拝見したのですが、ベースメイク前にUVスプレーをたっっぷりかけていたんですね。

その手があったか!と思って早速取り入れたら、最高でした。

 

使用したのは紫外線吸収剤不使用のリシャンのスプレー。

透明タイプで髪にも使える上、SPF50+・PA++++と優秀です。

これをスキンケアを終えた肌に満遍なくふりかけ、乾いたスポンジで軽く馴染ませたら下地はセザンヌ

こちらは濡らしてよく絞ったスポンジでムラなくのせました。

そしてコンシーラーで気になるところをカバーしたら、ルースパウダーを薄くブラシでトントンするようにのせます。

粉を蓋に出して、ブラシにつけたら手の甲を使って馴染ませてから塗るのがおすすめ。

私が使用したのはこちら。

その後、ポイントメイクを済ませて最後に追いUVスプレーをかけ、仕上げのルースパウダー。

手でしっかりと馴染ませてから顔に乗せることで、しっとり感のあるソフトマットに仕上がるのがポイント。

粉浮せずしっかりと肌に密着してくれてマスクをしていても崩れ知らずでした。

 

 

メイクの仕上がりが想像以上に良かったので、この感動を言葉にしたい!と語った次第です。

素人の話ですが、気になったら試してみてください。

 

今日はいいことがたくさんあって、その締めに全く崩れていないメイクに大変喜んだという内容でした。

 

ではではおやすみなさい。