小説「ぼく」
僕の一日は痛みを認識することから始まる。
あぁ。今日は肩が痛いなとか、膝が痛くて立ち上がれそうにないなとか。
普通に走り回ったり好きなことをできる時もあるけれど、全ては病気の気分次第。
そんな僕には3歳年下の弟がいる。
僕が病気を発症してから生まれたこの弟は、僕と違って健康そのものだ。
学校を休むこともないし、一日をベッドの上から出られずに過ごすこともない。
まだ幼かった頃は弟が羨ましくて一人涙をこぼしたものだけど、今では、弟の不幸を自分が肩代わりしてあげているんだと思い込むことで平静を保っている。
つまり、僕が弟を悪いものから守ってあげている人柱的なものなんだ。
大義があれば苦境にも耐えられる。
「僕は強い子、役に立つ子なんだ」とね。
弟が学校で起きた出来事を僕に話に来るたび、用意しておいた優しい笑顔で僕は弟の話に聞き入った。
僕の生きがいは理想のお兄ちゃんでいることになっていった。
弟がなんの不自由もなく暮らせるように、僕はなるべく症状の改悪を周りに悟られないように意識するようになった。
そうすれば、僕の病状に合わせて母が立ち回ることも、弟が振り回されることもないから。
病気の兄を煩わしく思われたくなかったし、弟が同級生に付き合いの悪いやつと思われてしまうのも避けたかった。
弟にとって、自慢のかっこいい兄になりたかったんだ。
僕は病状が思わしくない時は学校を休んで自宅学習をしている。
いつか社会に出た時に、知識が足りないと弾かれたくないから。
病気で学校に通えない分、時間はたくさんあったからためになりそうな知識を載せている動画をたくさんみたし、興味のある分野の解説をしているブログもたくさん読み込んだ。
当然、教科書やら参考書も、自分の理解のスピードに合わせてやりこんでいたから、中学生に入る頃には中間考査や期末試験の成績で上位をキープできるようになっていた。
家族はとても喜んでいたし弟も目を輝かせて「お兄ちゃんすごい」とはしゃいでいた。
弟が僕を褒めてくれたのはこれが初めてだったから、僕の自己肯定感は一気に右肩上がりに上昇したよ。
病気がちで全く遊んでくれないお兄ちゃんというマイナスな印象を少しは払拭できたんじゃないかと思ったから。
それからだ。
僕はやはり逆境に耐えうる選ばれし存在なんだとさらに意識するようになったのは。
病気の痛みに耐えてなお、これだけのことができる。
だから、自分は強くあらねばならないと思い込んだ。
病気で母の看病が必要になれば弟から母を奪う時間が増えるし、そうなれば弟の自由な時間を奪うことにもつながる。
そうならないためには、僕が病気の症状に気づかずにいればいいのだと考えた。
僕が気づかなければ、悟られることもないだろう。
この時の僕は弟から何も奪わないために自己犠牲を楽しんでいるようだった。
そして、炎症に気づかないふりを続けて、ついに起き上がれないほど病状を悪化させて入院することになってしまったのだ。
それが僕たちの不幸の始まり。